外国人のみなさん、安易に金を渡すとこうなります。

馬路村のみなさん元気ですか、私は元気です。


村の家々を訪問して歩いています。
当然のことながら、いろんな人がいるのですが
外国人の我々に対して
このおばちゃんは、会った直後から明らかに
なにかを期待しているということが伺える、典型的な人でした。

話をしていくと、やっぱり
かつて、外国人から500ルピーをもらった、と
嬉しそうに話してくれました。
(で、あなた達はなにをくれる?と顔に書いていました)
ちなみに、500ルピーは彼女の月収に相当します。
いとも簡単に、お金をもらえることを知った彼女は
毎回、毎回、外国人に期待をよせるようになった、というのも
無理はありません。
ここにはここの暮らしがあり、ここのお金の価値がある。
そのことをしっかり理解せず
かってに彼女らの生活をさげすんで
かってに自分達は裕福で勝っているとおもいこみ
彼女らを貧しくて、可哀想、とおもった外国人がいたのでしょう。
はっきりいって、これはエゴ、以外のなにものでもありません。
こんな場面に直面すると
腸が煮えくりかえるような憤りを感じるのです。
もし、外国人が彼女らのためになにかをしたいとおもうのであれば
彼女らがどんな工夫をしたら、もっと稼げるようになるか
彼女らがどんな努力をしたら、さらに幸せになれるか
それはほんとうに必要か、
そういうことを考えるきっかけを一緒に探ってほしいなぁ。